人工知能 〜 機械学習は、どこまで信用できるか 〜 注6

公開: 2026年4月06日

更新: 2026年4月06日

注6. プラトン

プラトンは、紀元前427年、ギリシャの都市国家、アテネの王族の一人として生まれました。彼は、若い頃、ソクラテスの弟子として哲学や対話術を学び、政治家を志していた。しかし、ソクラテスが神々に対する不敬の罪で、死刑の罰を宣告されると、現実の政治には失望し、思想家の道を歩むようになったと、伝えられている。

39歳ごろ、プラトンは、ギリシャを離れ、イタリアに渡って、ピタゴラス派に学び、40才の頃、アテネのアカデメイアに学園を設立した。そこでは、教師と生徒の間での問答を中心とした、対話的教育を主体として、天文学、生物学、数学、政治学、哲学等が教えられていた。

プラトンが60才の頃、17才のアリストテレスが、アカデメイアに入門し、プラトンが死ぬまでの20年間、学び続けた。プラトンの死後、アリストテレスは、アカデメイアを去った。

60才ごろ、プラトンは、2回目のシラクサ旅行に出た。シラクサのディオニシオス2世は、プラトンを招き、哲人政治の実現を目指したが、流言飛語のため追放され、計画は頓挫した。プラトンが66才の頃再びディオニシオスの強い希望を受け、3度目のシラクサ旅行に出たが、政争に巻き込まれ、プラトン自身が軟禁された。プラトンは、ピタゴラス派の政治家の助けをえて、アテナイに帰った。その後、プラトンは、著述とアカデメイアでの教育に力を入れ、紀元前347年、80才で没した。

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